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小籔千豊さんは、よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属の喜劇男優でありお笑いタレントです。
小籔さんは1993年に山田知一さんと漫才コンビ「ビリジアン」を結成して活躍していましたが、相方である山田さんが構成作家を志したことから2001年にコンビを解散、以後芸人として活動を続けてゆく自信を失ってしまいます。

一時は“芸人を辞めて普通の職業に就き、彼女と結婚をして幸せな家庭を築こう”と考えていた小籔さんでしたが、芸人仲間である野性爆弾ロッシーさん、シャンプーハット小出水さん、ケンドーコバヤシさん、バッファロー吾郎さんによる励ましや、映画監督である山田洋次さんの助監督からの「お笑いが駄目なら役者になれば絶対食える」というアドバイスにより、彼女と「一年だけ」という約束をして芸人を続けることとなりました。
かくして解散と同年である2001年に吉本新喜劇に入団した小籔さんは、9ヵ月近く「お客さんの役」のみを演じるという苦しい時を乗り越え、虚弱なチンピラ役や川畑泰史さんと組んでの芸で人気を集めてゆきます。

2004年頃からは座長不在時に代役を任されることも増え、役柄も一番出番の多い役やストーリーの中心となる役など、華やかなものが回ってくるようになりました。
また、同年、NHK朝の連続テレビ小説「わかば」にて杉本康博役に抜擢された他、漫才コンビである中川家の兄、剛さんが体調不良だったことから代役を務め、新喜劇以外にも活躍の幅を広げてゆきました。

その後、2006年1月31日付けで新喜劇の座長に就任し、翌月に襲名御披露目を行うこととなります。
この座長就任は、新喜劇入団4年めという異例の早さでの大抜擢として大変話題となりました。
以後、“先輩方が50年間培ってきた新喜劇をより大きくして後輩に渡すのが自身の役目である”という想いから、2011年に東京吉本へ移籍をし、新喜劇の本格的な東京進出に向けて精力的に活動を続けています。

新喜劇での活躍の傍ら、2003年からレイザーラモンとのユニット「ビッグポルノ」を結成し、2014年に解散するまで「コヤブソニック」というイベントを開催したり、2005年、2006年には土肥ポン太さんと「おくにと申します。」というコンビを組んで(翌年はコンビ名を「座長・社長」に改名)M-1グランプリに挑戦、2007年の同大会には川畑さんと「座長座長」として準決勝進出を果たす等の活躍ぶりを見せています。
2008年2月には亡くなったお母様への後悔の思いを歌った「プリン」にて歌手デビューも果たしました。

小籔さんの主なギャグは、「殺人、強盗、強姦......以外はやってきとんねや!」と凶悪犯罪を一通り羅列し、「じゃあ、他に何も残ってへんやん!」とツッコまれるのにかぶせて「水道の水出しっ放しとかがあるやろ」または「つまみ食い」などとギャグを入れるものや、シスターの格好で登場し主の名を借りてやりたい放題を行う「シスター小籔」、いちじまだいきさん、清水啓之さんとともに演じる「ホームステイに来る3人組」、その他「オタク小籔」など多岐に渡ります。

そんな小籔さんの主な受賞歴は、1997年「第28回NHK上方漫才コンテスト」優秀賞、2006年「第35回上方お笑い大賞」話題賞、「第2回BGO上方笑演芸大賞」脚本賞、2014年「咲くやこの花賞」大衆芸能部門、となっています。

現在も新喜劇での活躍をはじめ、「今ちゃんの「実は…」」、「あさパラ!」、「BAZOOKA!!!」、「ノンストップ!」、「コヤブガチピン写真館」、「テレビで基礎英語」、「バイキング」、「くりぃむクイズ ミラクル9」などなどレギュラー番組を多数抱えて活躍中です。

強烈な毒舌のイメージが強い一方、愛妻家としても知られ家族をとても大切にしている小籔さん、今後のご活躍も楽しみですね!

結成時期 1993年
所属事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
芸風 漫談、コント
この芸人と似ているタイプの芸人 有吉弘行
運営しているSNS 小籔千豊のツイッター
小籔千豊のinstagram
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