千原ジュニア(千原浩史)のお笑い動画・芸歴・芸能噂話・運営しているSNSなどの情報

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千原ジュニアさんこと千原浩史さんは、よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属のマルチタレントです。
千原ジュニアさんは実の兄弟であるお兄さんのせいじさん(靖史さん)と「千原兄弟」としてコンビを組んで活動している他、俳優や司会者、執筆活動も行っています。

千原ジュニアさんは、小学校時代は所謂悪ガキで、「千原くんと遊んだらあかん」と友達のお母さん達に言われてしまうほどのヤンチャぶりでしたが、進学校である私立中学を受験して見事合格、周囲を見返します。
ところが、合格したことで燃え尽き症候群のようになってしまったことと、学校の雰囲気に馴染めなかったことから一転、不登校の引きこもりになってしまいます。

高校になんとか進学することができるも、変わらず引きこもり生活を続けていた千原ジュニアさんを見かね、お兄さんのせいじさんが「お前、何もせんと家におんのやったら、俺吉本にいてるから来いや」と誘ってくれたことがきっかけで、芸人の道へと進むこととなりました。

また、その際にせいじさんから「明後日までにネタつくってこい」と言われ、渋々つくったネタが大ウケしたことが契機となって「俺にはこれしかない、この世界で闘っていくんや」と決意を固めました。
千原兄弟は、常識や言葉の矛盾をついたネタやシュールなコントで瞬く間に人気者となり、ジャリズムと共に心斎橋筋2丁目劇場で活躍、お笑いライブでは異例である大阪城ホール公演を実現し、超満員の観客を沸かせました。
「カリスマ」と呼ばれ、順風満帆な芸人活動の過程で、千原ジュニアさんは1995年には急性肝炎で、2001年にはオートバイ事故による前頭骨骨折、鼻骨骨折、下顎骨骨折、頬骨骨折、上顎骨骨折、眼窩底骨骨折、眼窩内壁骨折、おでこの神経を切る重傷で、2度にわたって生死をさまよった経験があります。
現在は回復されていますが、顔面に骨の代わりに入れられたチタンは一生摘出できないこと、涙腺が狭窄してしまうといった後遺症があるそうです。
他に、千原ジュニアさんはわずか15歳でデビューしたことから、同い年や年上の後輩を多く持つことでも知られています。

千原兄弟の芸風は主にコントで、結成初期には常識や言葉の矛盾点や、言葉遊びに焦点を当てたネタが主流でした。
例えば、「ごはんですよ」は、ごはんじゃないですよ。だったり、「鼻毛は鼻に生える毛。ワキ毛はワキに生える毛。じゃあ、ヒゲは?」というネタや、おにぎり部というネタでは「手塩にかけて頑張って行こうや!、ノリに乗って行こうや!、このおにぎり部をキューっと引っ張って行こうや!」とレベルの高い掛詞を多用しています。
その後は、俯いたままのせいじさんの隣で千原ジュニアさんがひとりで喋り続け、最後にせいじさんが顔を上げたらブサイクな女性だった!というオチの「キャリアウーマンママ」など、シュール路線のコントへと変更されてゆきました。

そんな千原ジュニアさん(千原兄弟)の主な受賞歴は、1994年「ABCお笑い新人グランプリ」優秀新人賞、「上方漫才大賞」新人賞、2009年10月「S-1バトル」月間チャンピオン、「IPPON グランプリ第7回」優勝となっています。
現在は、千原兄弟としては「チハラトーク」というフリートークライブを毎月行っている他、千原ジュニアさん単独では、「にけつッ!」、「超絶 凄ワザ!」、「世界の村で発見!こんなところに日本人」、「ダラケ!」といったレギュラー番組を多数抱える傍ら、俳優、CM監督、執筆活動、MCと幅広い方面で活躍しています。
マルチな才能の持ち主である千原ジュニアさんの活躍から今後も目が離せません!

結成時期 1989年
所属事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
芸風 漫才・コント
この芸人と似ているタイプの芸人 不明
運営しているSNS なし
ニュース・噂話など 芸能Posted on 2015年11月5日 5:58 PM 女をナメきってる!千原ジュニアのお門違いな新婚秘話に「まれに見る嫌悪感」
千原ジュニアの歴代彼女はすごかった!!かわいい彼女ばかりです!!
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