月亭方正(山崎邦正)のお笑い動画・芸歴・芸能噂話・運営しているSNSなどの情報

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月亭方正さんこと山崎邦正さんは、よしもとクリエイティブ・エージェンシー大阪本部所属の落語家兼お笑いタレントです。
以前は本名で活動をしていましたが、2013年1月より芸名を高座名「月亭方正」に改名しました。
山崎さんは1987年にNSC大阪校6期生として入学し、翌年同期の軌保博光さんとコンビを組んで「GSX(ガスペケ)」を結成します。
1989年に東京進出を機にコンビ名を「TEAM-0」に改名し、人気番組「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」にレギュラーとして出演するなど東京で活躍していましたが、軌保さんが映画製作の道を志したことから1993年9月末でコンビは解散となりました。

解散後は山崎さんはピンで活動し、1998年 「天才てれびくん」にて司会を担当したり、テレビアニメ「学級王ヤマザキ」の主題歌「ヤマザキ一番!」を歌ってCDデビューするなど活躍の幅を広げました。
この「ヤマザキ一番!」は、現在山崎さんの出囃子(落語家が高座に上がる際にかかる音楽)となっています。
2002年には「邦正音楽工房」の番組内で女性アイドルデュオ「AiAi」をデビューさせたり、村田あゆみさんのセカンドアルバム「Happy Candy」の中の「Birthday」と「伝説の狼」の作詞作曲を行い、音楽活動もこなしています。
2005年には「M-1グランプリ」にカンニング竹山さんと「竹山崎」を結成して参戦、翌年は「竹山崎」にたむらけんじさんをメンバーに加え、「たむらけんじと竹山崎」を結成して挑むなど、芸人としての活動も精力的に行いました。
途中、2006年にペイロニー病を、2007年には大腸憩室炎を患い、入院することもありましたが、復帰し現在に至ります。

その後、40歳を機に今後の芸能活動について考えていた折り、東野幸治さんの勧めで桂枝雀さんの「高津の富」を聴き、落語に目覚め、月亭一門に入門します。
そして、2008年に月亭八方さんの落語会にて落語家デビューを果たし、正式に「月亭方正」の名をもらうこととなりました。
月亭方正となってからは、月亭一門会や八方師匠との親子会、「月亭方正・十番勝負」と称した勉強会や、花形寄席、東西若手の会「やみ鍋の会」、「八聖亭」、天満天神繁昌亭の朝席・昼席・夜席などに精力的に出演しています。
2012年9月に落語活動に専念するため拠点を大阪に移し、2013年1月1日よりタレント活動時も含めて芸名を「月亭方正」に一本化することとなりました。

このように今では落語家としての活動が主となっている山崎さんですが、「TEAM-0」時代の芸風はコントと漫才、ピンでの芸風は顔芸や一発ギャグ、スベリ芸やいじられ芸でした。
ピンになってからは、変顔をしたり、急に大声を出したり、泣きわめいたりといった芸風でしたので、面白くないと言われてしまうことも多かったようですが、松本人志さんは「本人は面白いと言っているが面白くない、そこが面白い」と評価していました。
山崎さんの主な受賞歴は、コンビ時代に「第12回ABCお笑い新人グランプリ」 最優秀新人賞、「第15回お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャル」優勝、「スコップ三味線第2回世界大会」にて初出場ながら個人の部第3位という輝かしい成績を残しています。
現在も、落語家としての活動をはじめ、「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」、「マルコポロリ!」、「ドラGO!」といったテレビ番組やラジオ番組にも複数出演中です。
山崎邦正さんとしての過去の活躍はもとより、落語家となった月亭方正さんの活躍も要チェックです!

結成時期 1988年
所属事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
芸風 落語・リアクション
この芸人と似ているタイプの芸人 出川哲朗
運営しているSNS 月亭方正のサイト
月亭方正のツイッター
ニュース・噂話など 「松本人志以上の天才」との評価も… 波乱万丈な山崎邦正の元相方
お笑い芸人・山崎邦正が落語家・月亭方正になった理由
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