ダウンタウン(浜田雅功・松本人志)のお笑い動画・芸歴・芸能噂話・運営しているSNSなどの情報

スポンサーリンク

ダウンタウンは、浜田雅功さんと松本人志さんによる、よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属の日本を代表するお笑いコンビです。

ふたりは小学校時代からの同級生であり、高校卒業後、競艇選手を目指していましたが不合格となってしまった浜田さんが、印刷工に就職先が内定していた松本さんを誘う形で1982年にNSC1期生として吉本入りし、コンビを結成しました。
当時はコンビ名が定まらず、「松本・浜田」、「ひとし・まさし」、「てるお・はるお」、「ライト兄弟」といったコンビ名で活動をしていましたが、喫茶店でたまたま開いた雑誌がきっかけとなり、コンビ名を「ダウンタウン」に改名し、現在に至ります。

ふたりは、デビュー2ヶ月めでテレビ初出演となる「素人名人会」にて名人賞を獲得、翌月には「第3回今宮子供えびすマンザイ新人コンクール」で福笑い大賞を受賞、NSC在学生では異例の早さで「なんば花月」の舞台に出演、「笑ってる場合ですよ」内「お笑い君こそスターだ!」において5週勝ち抜きグランドチャンピオンとなるなどの目覚ましい活躍ぶりを見せ、在学中から一目置かれる存在でした。

1987年からは「4時ですよーだ」への出演により関西地区で大人気となり、1988年には「夢で逢えたら」への出演で全国的なブレイクを果たし、翌年に本格的な東京進出を遂げます。
そして、1989年後半から1990年初頭にかけて、とんねるず、ウッチャンナンチャンらとともに「お笑い第三世代」と呼ばれ、後輩芸人たちに多大なる影響を与えることとなりました。
1991年から放送を開始した冠番組である「ダウンタウンのごっつええ感じ」は絶大なる人気を誇り、多くの人が芸人を目指すきっかけとなりました。

ダウンタウンの芸風は漫才やコントで、当時は珍しかった、ゆるやかなテンポで進む“間”をつくった漫才スタイルが特徴です。
松本さんは一切笑顔になることなく、ダラダラとボケて、それに対して浜田さんはチンピラのごとく怒涛のツッコミを入れてゆきます。
このスタイルは、早いテンポの漫才が主流であった当時には画期的なものでした。

また、ダウンタウンのネタは松本さんが大まかに考えているのですが、ネタの流れを口頭で浜田さんに説明するだけで、ほとんどがアドリブで作られているのも特徴です。
トーク番組でも“ぶっつけ本番”が基本なのだそうで、これは幼い頃からお互いを知り尽くし、信頼し合っているからこそ成せる業ですよね!

そんなダウンタウンの受賞歴は、1982年「毎日放送素人名人会」名人賞、「第3回今宮こどもえびす新人漫才コンクール」福笑い大賞、「フジテレビ 笑ってる場合ですよ!お笑い君こそスターだ!」グランドチャンピオン、1984年「第5回ABC漫才・落語新人コンクール 漫才の部」最優秀新人賞、「第14回NHK上方漫才コンテスト」優秀賞、1985年「第2回花月大賞」花月新人賞、1986年「第21回上方漫才大賞」新人奨励賞、1987年「第15回日本放送演芸大賞」ホープ賞、「第15回日本放送演芸大賞」最優秀ホープ賞、「第22回上方漫才大賞」奨励賞、「第7回花王名人大賞」最優秀新人賞、1988年「第23回上方漫才大賞」奨励賞、1989年「第24回上方漫才大賞」大賞、となっています。

現在も司会業を中心に数多くのテレビ番組に出演し、大活躍中です!
お笑い界を牽引し続けるカリスマ的な存在であるダウンタウンのおふたり、今後のご活躍も楽しみですね♪

結成時期 1982年
所属事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
芸風 漫才・コント・司会
この芸人と似ているタイプの芸人 ナイツ
運営しているSNS 松本人志のツイッター
浜田雅功オフィシャルサイト
ニュース・噂話など 浜田雅功が品川にブチ切れた理由 蹴り、ビンタ…
浜田雅功が大御所どつく理由「上の寂しさわかるから」
渡辺徹 浜田雅功夫妻のトラブルを暴露「マンゴープリン買うてええ?」
松本人志 TBSプロデューサーに「腕落ちましたね」とツッコまれる
松本人志の発言がこんなにも注目される理由
【ダウンタウン】松本人志の名言まとめ!名ボケ&深イイ名言集
スポンサーリンク

 - コント, コンビ芸人, トーク・司会, ベテラン, 人数, 吉本クリエイティブエージェンシー, 所属事務所, 漫才, 芸歴, 芸風