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坂田利夫さんこと地神利夫さんは、よしもとクリエイティブ・エージェンシー大阪本部所属のお笑い芸人です。

坂田さんは高校卒業後に職を転々とした後、吉本新喜劇の研究生として吉本へ入りました。
芸名である「坂田」は、将棋棋士の阪田三吉さんに由来しているそうです。
吉本入りした坂田さんは、1967年に前田五郎さんとコンビを組んで「コメディNo.1」を結成します。

そして、1970年に「第5回 上方漫才大賞」新人賞、翌年に「第1回 NHK上方漫才コンテスト」最優秀話術賞を受賞したことを機に、お笑いの道への専心を決意しました。
1972年には「アホの坂田のテーマ」を発売し大ヒットとなりますが、大阪の教育委員会からの「サカタ姓の小中学生がからかわれたり、いじめにあう」といった指摘や、坂田さん自身も言われのないバッシングを受けたことから、一時放送局がこの曲を流すのを自粛したり、レコードの販売が中止する事態となり、良くも悪くも大きな話題を呼びました。

その後もなんばグランド花月等、舞台を中心に活躍していましたが、徐々に坂田さん単独での活動が多くなったこと、また、2009年4月3日に起きた中田カウスさんへの脅迫状送付事件に前田さんが関与していたという報道がなされ、大阪府警南警察署より前田さんが事情聴取を受ける事態となったこともあり、コンビの存続は困難ということで2009年8月31日をもってコメディNo.1は解散となりました。
解散後もピンで活躍を続け、現在に至ります。

坂田さんの芸風は、「アホの坂田」と呼ばれる通り、自らをアホ(阿呆)と称する“アホ”を売りにしたキャラクターが特徴です。
このアホのキャラクターは、コンビ時代の舞台において前田さんから「お前はアホか」と振られた際に「そうやアホや!」と返しただけにも関わらず、客席からドッと笑いが起きたことから「これや!」と思い、生まれたのだそうです。
楽しい舞台の反面、アホを演じるにあたっては苦悩も多く、坂田さんが見ず知らずの人に「アホ」と呼ばれることに対してお母様が心を痛めて涙を流していたのを目の当たりにし、一時はアホの芸風をやめようかと考えたこともありましたが、藤山寛美さんから「アホは心の優しい者しかできんのやで」と言われたことで考えを改めました。

しかし、坂田さんは、結婚をして子どもが産まれたときにその子が「アホの子」と言われてしまうことを危惧し、そうならないためにと現在も独身を貫いています。
アホの芸の他に、元衆議院議員である鈴木宗男さんに容姿が似ていることから、“鈴木宗男のそっくりさん”としてものまねを披露することもありました。
特に2002年は鈴木さんが逮捕され437日間拘置されている間、鈴木さんに代わってメディアへの露出を高め人気を集めました。

結成時期 1967年
所属事務所 吉本クリエーティブエージェンシー
芸風 漫才・コント
この芸人と似ているタイプの芸人 不明
運営しているSNS
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